サッシの上にツリーが乗っていた。
小さくて、電球もついていないから光もしない。ディスカウントショップに100円で売られていたものだ。
 王泥喜はその小さな飾りモノが落ちないように、もう一度窓に向かい追いやる。
先端についたピカピカの金メッキが小さく揺れた。

「もっと、良いやつ買ってきたのに。」

 卓袱台に頬杖をつきながら響也が呟くのを、王泥喜が斜め視線で睨んだ。
それでも手にした団扇は止めないのだから上出来だろうと王泥喜は思う。もう少しだけ酢を足してしゃもじで混ぜれば、目にツンとくる湯気が上がった。
「あんなものつけたら、電気代が莫迦になりませんよ。ネオン輝く街を見ても、料金を想像してゾッとするだけです。」
「そんなの、おデコ君の懐が痛むわけじゃないだろ。」
 拗ねた口調で口端を上げるのを、王泥喜が嗤った。
「ま、それはそうですね。もう、いいですよ。」
 王泥喜は混ぜ終わった酢飯を皿に移して、錦糸卵や煮染めた椎茸などを降りかける。鯖缶を開いて、それも乗せた。最後に乗せるのは山椒の葉だ。
「王泥喜家特製のちらし寿司です。年寄りの家だったんで、お祝い事ならいつもコレです。」
「具が全然入ってないけど、なかなか綺麗なもんだね。」
 しいたけや桜でんぶは具ではないというのか、失礼な奴だ。ムッとしながら王泥喜は料理を並べた。和風料理が並ぶ中、響也が買ってきたケーキとフライドチキンが妙に浮く。
「シャンパンの似合わないクリスマスって僕始めて見たよ。」
 ニコニコと笑う男に、(だったら帰れ)と怒鳴るのをグッと我慢する。きっとコレは愛に違いない。
「子供の頃からそういう行事は親と一緒にパーティーでさ、家族一緒だったけど、何だか寂しい気がしてた。兄貴なんて、露骨につまらなそうだったけど。」

 家族で祝うクリスマスというものを王泥喜は知らない。祖父母には馴染みのない行事だったのだろうし、裕福でもない彼等にパーティーやプレゼントを強請るのも憚られたのだ。それでも二人は優しい人で、王泥喜はそういう負い目を感じた事はない。
 それ故に華やかなパーティでも寂しいといのは、感覚的によくわからなかった。

「ツリーはしょぼいし、料理はせこいし、貧乏弁護士はプレゼントも買えないし、今も寂しいですか?」
 茶化す王泥喜に、響也は声をたてて笑った。そうしてゆっくりと立ち上がり、部屋の中心にぶら下がっていた蛍光灯の線を引っ張る。
 二度で部屋は真っ暗になった。元々、他に光源はない王泥喜の部屋だが、窓からは周囲の灯りが見える。キラキラと色を変えるイルミネーションは、豪華なツリーさながらの光景だ。
「こうすれば外の灯りは綺麗で、料理はおデコくんの手作りだし、プレゼントは買ってあげれられる側が買えばいい。」
 輝きを背にする響也に王泥喜は目を細める。
「Merry Christmas 法介、素敵なクリスマスだね。」
「そうですか?もの好きですね。」
 王泥喜はクスリと笑って、響也が持ち込んできた鞄に目をやる。王泥喜が前々から欲しがっていたモノがそこにあるのはわかっていた。
 けれど、王泥喜からは何もない。
 響也の欲しがるブランドなどそれこそ想像もつかなかったし、それを買ってあげれられるお金もない。愛で補うよという程に、厚顔無恥にもなりきれない。
 コホンと咳払いをして、王泥喜は覚悟を決めた。どこかのバンドのボーカルじゃああるまいし、覚悟を決めないとこんな科白を吐くことなぞ出来もしない。

「Merry Christmas 響也、プレゼントを上げますよ。」

 両手を広げて言った後に、羞恥に頬が染まった。顔が上げられない。
もう言うか、二度と言うかこんな恥ずかしい科白、恥ずかしい事。
 
「法介が欲しい。」
 両腕で抱き込み凭れかかってくる身体に、背中から腕を回したら畳に押し倒された。当然みたいに求められる唇に応えて、自分自身も熱くなる。
 指先を握りしめれば、重なった肌はただ心地良い。



なくした時間が戻ってくるような感覚


 そんなものは、最初からありはしなかった。なのに、とても暖かい。





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